コラム

糸島に来て「仕事」の概念が変わった話

こんにちは、フリーライターの山部です!
今日は、私の「働くこと」にまつわる概念について、自分語りさせていただきます。

働きたくないキャラ」を極めるあまり(?)TVに出た

私は働きたくなかった。働きたくなさすぎて会社をやめて、糸島に移住して「ニート最高ー!!」みたいなブログを書いていた。そしたらTV局からコメント欄に連絡が来て、「初耳学」の高学歴ニート企画に出ることになった。橋下さんの回、たぶんYouTubeで検索したら出てくるんじゃないかな?

私は糸島から東京まで出かけて行って、全国放送の人気番組で「週2でしか働きたくない。週5は多すぎる」という謎の主張をして帰ってきた。親は爆笑して、「もっとこういう依頼ないの?」とお代わりをほしがっていた。

しかし、なぜか私はここから、「働くのもいいかもしれない!」と思い始める。なぜなら、出演料が云万円もらえたからである。飛行機代もホテル代も出してもらい(しかもLCCじゃなくて、ホテルもけっこういいとこ)、TV制作の裏側も見られて、面白いニートの人たちに出会えて、橋下さんのいい話も聞けて、「これでお金もらえるなんて最高やな~」って感じだった。他のニートたちと打ち上げの席で、「こんなんでお金もらえるなら仕事したいよね」と言い合っていた。

この頃ちょうど「糸島よかとこラボ」というシェアオフィスのコミュニティマネージャーをやり始める。ちょっとした労働力を提供する代わりに、自由にオフィスを使っていいというもの。オフィスにいて何もやることがないのも暇なので、ライターの仕事を本格的に始めることにした。

本当は働きたい?キャラ崩壊の危機

それから2年経ち、最近、私はもしかしたら、けっこう仕事が好きなのかもしれないと思い始めた。実は私は会社員時代にけっこう貯金をしていて、2年前も今も、そこまで働く必要はないのである。もちろん稼がないと減っていくばかりで焦るんだけど、嫌なことを無理にやらないといけないくらい、お尻に火がついてるわけでもない。だけど働いているということは、「働きたくない」と主張しながらも、本当は働きたいと思っているのでは?という疑いが生じてきた。

そして私は、いつの間にか自分の中で「仕事の概念」が変わってきていることに気づいた。以前は私の中で、仕事とはイコール「嫌なことも我慢しなきゃいけない」「辛くても頑張らないといけない」「自由を制限される」ものだった。だから、できることならやりたくないし、避けて通りたいと思っていた。

だけど、糸島にいるうちに、無意識のうちに「仕事は自己表現の手段」「自分の才能を活かせて人に喜んでもらえてお金ももらえるなら、やめる必要ないよね」という価値観に、気づけばぬるっと変わっていたのである!!衝撃!!

環境ってめっちゃ大事

その理由は、たぶん環境。周りに、そういう概念を持っている人が多いから。以前、糸島よかとこラボのイベントで「あなたの今の仕事は天職ですか?」と聞いたとき、参加者の8割ぐらいが天職だと言っていた。実際、みんな自分のやりたいことをやって、いつも楽しそうで、そこにお金がついてきてるって感じ。そんな人たちの中で生活してたら、自分もいつの間にか同じような考えがインストールされていた。

私はけっこう、この「概念」が大事なんじゃないかという気がしている。最初から「仕事は我慢料」だと思っていたら、きっと仕事が辛くても「仕事なんてこんなもんだ、我慢すればいいんだ」となるだろう。だけど、「仕事は自分の才能を活かして喜んでもらうもの」「仕事は楽しいもの」と思っていたら、「なんかおかしいな?他の仕事探そう」となったり、自分が楽しめる仕事を作り始めるかもしれない。

今、「もっと楽しく仕事ができないかな?」と思ってる人がいたら、そういう働き方をしてる人に囲まれる環境に身を置いてみるといいかもしれません。気が付いたらぬるっと変わっていたりしますよ!

文:山部沙織

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